sikou: January 2004 Archives

昨今、様々なBlogやニュースサイトでトラックバックのあり方が討論されています。

そんな中、各種サービスプロバイダが主催する「トラックバック大会」的なイベントもよく見かけるようになりました。Blogが海を渡り日本に入って来てから、トラックバックそのものの「意義」や「あり方」は大きく変わってきたと思います。

そもそもネット上の文化には「正解」などなく、ネット空間の暗黙の倫理感がルールとなります。そういった意味でもトラックバックの使い方や存在意義に確固たる定義があるわけではなく、これからも時代の流れとともに変化していくものと思われます。

さて、話がそれましたが、上述のinfoseekブログ道場も日本でのBlog文化開花期に現れるべくして現れた「企画」だと思います。自分はイベント好きなんで、これ系のネットイベントには結構楽しみながら参加してしまう方です。この先続けていくかは分かりませんが、とりあえず「トラックバックを撃て!」という、名前そのままの企画に参加してみたいと思います。

ここからが本題。

第1回 お題「誕生」

いきなりダークな切り口で申し訳ないですが、自分は家族計画の予定外で生まれました。というのは、自分は3人兄弟の末っ子で、10歳上の姉と7歳上の兄がいます。しかし、本来ならば5歳上の兄がもう一人いるはずでした。まぁ、いわゆる流産でこの世に産声を上げることが出来なかったのです。

両親的には、この事件があってから、子供は2人で打ち止めということにしたらしいです。けど、兄を生んでから7年後に、忘れたころに自分を身ごもっちゃって、今の私が生まれました。

両親の計画では、子供は多くても3人までと決めていたらしいので、もし5歳上の兄がこの世に生を受けていたならば、自分は今ここにいなかったのです。自分も早々からこのことは知っていたので、思春期の時期には、なんだか2人分の人生を背負わされているような重圧を感じることがあり、何か嫌なことがあったら「自分は本当は生まれてくるべきじゃなかったんだ」なんて卑屈に思うこともありました。

しかし、今考えてみると、両親も自分の生を素直に喜んで今日まで育ててくれたわけで、自分と生まれてこなかった兄とを重ねて見てるわけもなく、全くの杞憂だったのですが。

今は両親とも元気で、兄弟3人もいたって仲良しでやってます。もう一人兄弟がいたということを忘れる時はありませんが、自分が生まれてこれたことの運命的なものはいつも感じながら生きている今日この頃です。

場の空気

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小学生の残酷な人間関係を垣間見た。

午後3時頃、JR大和路線で奈良に向かう途中のとある駅で、男の子1人(以下、ブサイク君)と女の子2人の3人組の小学生が乗り込んできた。

当初3人は、ポケモンのカードゲームをしながら楽しそうにしていた。そんな最中、恐らくクラスメイトであろう男の子(以下、ハンサム君)が隣の車両からやってきて、3人と一緒の席に座った。それからというもの、女の子2人の視線はその男の子に釘付けになり、もはやポケモンゲームどころではなくなってしまっていた。ハンサム君は、恐らくクラスで大人気の男の子であろうことは、容易に想像がついた。

最初こそ4人で仲良く話をしている様子だったのだが、気がつくと女の子2人とハンサム君が3人で会話を楽しんでいるという形になり、ブサイク君はまったく相手にされていない状況が生まれていた。ブサイク君は、とんだ邪魔者が入ったことで、女の子2人を横取りされた気分になり、かなりむかついていたことだろう。案の定、ブサイク君は、無言で他の車両に走り去り、誰もそれを止めなかった。その後も女の子2人とハンサム君は楽しそうに会話を続けていた。隣の車両でうつむきながら座っているブサイク君がいるとも知らずに。

子供は場の空気を読むという芸当を持っていないが為に、時として残酷な天使となる。好きなものは好き、嫌いなものは嫌いという意思表示がはっきりしているので、無意識のうちに人を傷つけていることが多々ある。しかしそれは意図的なものではなく、単に本能に素直に行動しただけなので、攻め入る余地は無い。しかし、これが人間の本質かと思うと、少し背筋が凍る感じがした。大人であっても、この類の残酷さは内に秘めていて、表に出さないだけなのだから。

カメ

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写真は、名古屋港水族館にお住まいのウミガメさん。


のんびり、ゆったり、気長に、あわてず、辛抱強く・・・
なんて言葉達がぴったし似合うカメさんでした。

とうとう退職の日まで一ヶ月を切った。

一時的にせよ、生活の基盤を失い、社会的な自分の居場所を失うことに対して不安が無いと言えば嘘になる。しかし、めまぐるしく移り変わる世の中にしがみついてがむしゃらに走ることをやめ、じっくりと今の自分と未来の自分を見つめなおすにはいい機会だと思う。今はただ時間の流れに身を任せ、瞑想にも似た感覚で過ごすのが最善なのだろう。

無心で突っ走るという生き方もあるかもしれない。しかし時には立ち止まり、今の位置をじっくりと確認することも重要なことだと思う。一度しかない人生を悔いなく送る為には、多少なりとも計画性が必要だからだ。人がどう思おうと関係無い。自分の選んだ道ならば、後悔という2文字は頭に浮かばないはずである。

そう考えると、今の自分の中に沸き立つこの不安感は「後悔」ではないし、またそう思いたくはない。自分の起こした行動が「後悔」なのかどうかの判断は、未来に判明することであって、今決めることではない。焦るな、自分。

プレゼン能力

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今日は有給を使って門真試験場に免許の更新に行ってきた。

講習の内容はまったく頭に入っていないが、一つだけ感心したのが、講師のプレゼン能力の高さである。実に流暢に話をする人で、聴衆の興味を一点に集めていた。

学生時代に同じような講義を聴いたとしたら、きっとプレゼン能力に着目して話を聴くということはなかっただろう。しかし自分が社会人になり、デモンストレーションや社内外でのプレゼンなどをするようになってからは、他の人がどんな話し方・説得の仕方をするのかという部分に非常に興味を持つようになったのだ。

今回の講師の方も、恐らく何度も同じ講義をしているからということもあるのかもしれないが、一度も詰まることなく、また時間も正確に使っていたという点では、参考にしたい部分が多かった。

浅はかなる期待

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吉野家がカレー丼を販売するようになったことに伴い、ココイチのカレーも280円になったらいいのにな。。。(少し期待)

退職届

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マネージャから、退職願いの社内テンプレートを渡された。


最近はどんな文書にも「テンプレート」的なものが存在するが、まさか退職届(辞表)にまで社内テンプレートがあるとは思ってなかった。

今日、退職手続きの内部決済が通ったらしく、マネージャに「退職届」を書くように言われた。マネージャ曰く、「テンプレートはこれ(写真参照)だから、この形式のまま和紙に書き写して、トレーに入れといて」。

まるで、有給休暇の申請かなんかと同じ感覚である。確かにビジネス文書には、きまり文句があってしかるべきだが、退職届くらいは自分の思い通りに書きたいものである。しかも、「トレーに入れといて」って、あんたそりゃ「退職届」を粗末に扱いすぎじゃないかい?ドラマとかだったら、「これは私が預かっておくが、いつでも気が変わったら言ってくれ」とか、「これはなかったことにしてもらうよ」とか言いながら辞表を破り捨てたりするもんじゃん!

辞表を破り捨てられたら、それはそれで困るんで嫌やけど、もうちっとこう、ドラマチックな演出の中で「辞表提出」という行為をしてみたかった気がする。

パンドラの箱

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青少年犯罪はパンドラの箱のようなものだ。

シンナーや万引きは、やってはいけないことだと分かっていても、ついついやってしまう。むしろ、やってはいけないと規制されているからこそ、それを破るスリル感に陶酔してしまうのだ。

犯罪を犯すか否かの基準となるのは、個人の「倫理観」である。現代社会では、その倫理観が著しく低下しているという点に問題がある。倫理観低下の主たる原因は、未成年を取り巻く社会や組織の「無関心」だと指摘する向きは多い。つまり、パンドラの箱を開けやすい環境を大人が構成しているのだ。

パンドラの箱に「希望」が残されていたように、青少年犯罪にも「少年院」という更正の道が用意されている。残念ながらこのことを盾にとって犯罪を犯す若者もいるというのが、日本の現実である。

青少年犯罪が起こった時に、教育機関やその家庭環境を批判する前に、自分の周りの子供たちがパンドラの箱を開けようとしていないかという点を今一度見直すべきである。周りの大人が少しばかり意識して周囲の子供たちに干渉するだけで、開けられるパンドラの箱の数は激減すると思うのだが。