黒い雨

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原爆を題材にした小説作品というものは、そのテーマの重大さ故に、得てして読者の側が辟易してしまいがちだ。

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井伏 鱒二
新潮社 1995-07
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「戦争」「原爆」といったテーマの作品を読むにあたっては、私を含めて戦争を知らない多くの読者が、魑魅魍魎がひしめく世界を勝手に妄想し、ある種の構えの姿勢を持って読書にあたる傾向があるように思う。

しかし井伏文学に関して言えば、そういった緊張感を持たずとも、作品の中にぐっと押し入ることが可能である。もちろん読後には、改めて事の重大さを知らしめる大きな力によって、ずしりとしたものを心中に残すことになるのだが、少なくとも読んでいる最中はそのことを意識させずに、安定した歩調で事を進めることが出来る。

本書が読者の緊張を見事に解きほぐしている原因は、劈頭からして当時の国民感情をまこと精密に、そして改竄なく淡々と記している点にある。よくある戦争小説は、ややもすれば戦後発覚した事実や倫理感というものを、登場人物の発言や挙措に含ませてしまうことによって、多少なりとも捻じ曲がった作品に陥りがちである。しかし「黒い雨」においては、言論統制が実施されていた当時において発表されたとしても、おそらく検閲を免れるであろう素直さを持っている。

井伏鱒二の文章は、大衆そして体制のどちらにも阿ることなく、透き通ったアングルで阿鼻叫喚の世界を描き出しているという点で、その歴史的功績のみならず、芸術作品としての小説が何たるかを教えてくれる存在だといえよう。

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