モンテンルパの夜はふけて

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モンテンルパの夜はふけて ~気骨の女・渡辺はま子の生涯
中田 整一
NHK出版 2004-02-27
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本書は、「支那の夜」や「蘇州夜曲」などの曲で知られる、歌手「渡辺はま子」の生涯を追った、精密なドキュメンタリーだ。モンテンルパにあるニュー・ビリビット刑務所への慰問や、その後も波のようにとめどなく続けられた、戦犯釈放への活動の軌跡が、最新資料の分析とともに綴られている。

この類のドキュメンタリーは、ややもすると日本サイドのみの視点から見た、戦犯釈放に至るまでの成功ヒストリーに陥りがちだ。しかし本書のよいところは、フィリピン、アメリカ、日本に残る歴史文書を極めて客観的に分析し、各国の思惑や実情を踏まえた、偏りの比較的少ない構成になっている点だ。

タイトルこそ「モンテンルパの夜はふけて~気骨の女・渡辺はま子の生涯」と銘打っているが、内容としては、渡辺はま子の生きた軌跡を芯に置き、その時間軸の中で展開される比米日間の息詰まる攻防を、見事に描き出している。

本書で一番印象にのこった一文を引用させてもらう。朝日新聞記者の辻豊記者が、ニュー・ビリビット刑務所に収監されていた戦犯容疑者たちと座談会を開いた際の、ある学徒死刑囚の言葉だ。

「われわれのやった戦争は、銃や剣の近接戦闘だったから、この醜さが充分感知できた。しかし、将来大量殺戮兵器の時代の戦争は、恐らく全然罪の意識を感じることなく、一挙に何十万という人間の生命が奪われてしまうだろう。いわば戦争をくりかえすたびに、そして物質文明が進むほど、人間のモラルはだんだん低下していく。人間が機械と化していくそのような世界が恐ろしいのだ。これは、結局人間の自滅を意味する。」
太平洋戦争を生き抜いた若者たちの悲痛な叫びは、見事に昨今の社会情勢を見抜いていた。つまりは、平和社会を紐解くヒントは、既に50年以上も前から発せられていたのだ。にも関わらず、幾度となく同じ過ちを繰り返しながら、現代のような混沌とした社会にならしめた原因は何なのか。

理由は種々あると思われるが、私が一番重要だと考えているのは、過去の事実から学ぶという「素直」な歴史教育が、多くの国家で実践されてこなかった点だ。昨今、教科書検定問題を巡って、中日及び韓日関係が非常に緊迫しているが、この問題も、婉曲した歴史教育を行ってきた、日本の錆びの部分がほころび始めたことを意味しているのではなかろうか。

現代の平和論は、ややもすると形而上学的な見地からの中身の無い議論に陥りがちだ。本当の意味での世界平和は、歴史の事実から目を背けない教育の実施からしか始まらない。そういった意味では、本書のように、戦後復興期に比米日間で繰り広げられた、戦犯釈放を巡る記録を辿ることも、未来へ向けた平和教育の一助となろう。

フィリピンの歴史教科書から見た日本
http://www.proustcafe.com/archives/2005/01/post_292.html
渡辺はま子さん、脳梗塞のため死去(略歴紹介など)[日刊スポーツ]
http://www.nikkansports.com/jinji/2000/seikyo000112_1.html

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