一ノ瀬泰造と自分

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最近なぜか、一ノ瀬泰造と自分を重ねて考えることが多い。

一ノ瀬泰造が、ポル・ポト派にって捕らえられ、そして処刑された年齢が、今の自分と同じ26歳だからなのか、それとも彼が青春時代を費やした東南アジアの地に、今現在自分がいるからなのか。理由ははっきりとはしないが、自分の幻影を泰造に重ねたくなる衝動にかられるのだ。

2年前に、カンボジアにある一ノ瀬泰造の墓を訪れた。シェムリアップのアンコールワットから程近いところに、ひっそりと佇むかれの墓前には、いつも花が絶えない。そこには、長年にわたって墓の手入れをしているカンボジア人がいて、お参りに来る日本人に対して、記帳ノートに一筆残すように促してくる。そのノートを見るだけでも、どれだけ多くの日本の若者が、彼の軌跡を求めてこの地を訪れたかということが分かる。ガイドブックにも載っていないし、山道をバイクでしばらく走らないとたどり着けないこの地に、ごく普通の旅行者はまず近寄らないだろう。この険しい道のりを超えてまで、彼の墓前に行きたいと思わせる何かが、ここにはあるのだ。

今目を閉じても、すぐに思い描くことが出来るアンコールワットと真っ赤な夕日。彼が命をかけてまでも撮りたかったその情景を、頭の小宇宙に展開する。その瞬間、時空を超えて、その地に息づく人々、土に染み入った血、無言で生き続ける木々、つまりはそこに存在する森羅万象を一ノ瀬泰造と共有出来たような錯覚に陥る。

彼ほどに、真剣に自国以外の国に対して誠心誠意向き合った若者が今までいるだろうか。そして、自分は今この瞬間に、どれほどまでにフィリピンと同化出来ているのだろうか?己に対する疑問は絶えず、こんなとき彼なら何を思うだろうか、としばし自分を客観視してみるのだ。

生きた時代は違えど、内に秘めた自分の可能性を両手いっぱいに抱えて日本から飛び出した両者には、通じるものがあるはずである。われわれの活動の原点を、そこに見出すことが出来そうな気がするのだ。まだまだ靄は晴れないが、糸口はつかめた気がする。

一ノ瀬泰造オフィシャルサイト
http://taizo.photographer.jp/

戦争写真家 一ノ瀬泰造
http://www.alao.co.jp/taizohakak.html

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