停電について思う

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うちのバランガイで、珍しく停電が起きた。

発生時間は夜中の23時。この時間からの復旧はまずありえないので、これは朝まで電気が使えないな、とさっさと気持ちを切り替えて蝋燭モードに。

蝋燭の明かりは好きだ。温かくそしてやわらかい炎の色は、心を和ませてくれる。そして、普段は知りえない、家の中の「風の流れ」が分かる。しばし、蝋燭を手に家中を歩き回ってみると、「へぇー、ここにはこんな風が流れているのかー」と、不思議な感動を覚える。今後タバコを吸う際にも、ここで吸えば部屋に煙はこもらないな、などと便利な発見も出来るのだ。そして、蝋燭は虫も駆除してくれる。虫は通常光に向かって突き進む。普通の電球だと、その周りで虫たちが踊り狂っていて、少々ウザイのだが、蝋燭の場合は、炎に向かって突き進んできた虫たちが、焼け焦げて次々に落下していくのだ。言わば蝋燭の二次効果といったところだ。

うちが停電になると、もう一ついいことが起きる。それは、近所のカラオケバーが営業不能状態に陥ることだ。夜な夜な大音量でカラオケをしているので、時々寝付けないことがある。たちが悪いことに、そのカラオケバーは青空営業なので、防音設備もくそもない。近所の住民はみんな怒り狂っているが、かといって行政や警察に訴えるなどの処置はとらないので不思議なのだが。。。とにもかくにも、そんな迷惑カラオケバーも、電気が使えないとなればお手上げだろう。しばしの静寂に、かなりうれしくなってしまう。

しかし、停電の夜をこんなにも悠長に楽しんでいるのは、それがたった一晩で終わることを知っているからなのだろう。もし、この先ずっと電気が使えなかったらどうだろう。恐らく日本人である自分は生活出来ない。電気が便利なものであるということを、一度知ってしまっているが故に、なくなるととても困る。だとすると、最初から電気の無い世界で暮らしている人々は、電気など必要ないのだろうか?事実、電気などなくとも立派に生活をしている民族は沢山存在する。彼等が電気の存在、そして使い方を知ったら、それを求めるだろうか?これまでの生活をガラッと変えてしまう「電気」という道具を、自分たちの生活に取り込もうとするのだろうか?こればっかりは、電気漬けになっている自分の頭ではいくら考えても答えが出ない。しかし、明らかに頭の端っこで引っかかるのは、地球上の限られた資源を一部の人間で食いつぶしているという事実だ。

停電など起きなければ、自分は一生こんな課題について考えることもなかったかもしれない。停電に感謝。

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