October 2004 Archives

家族愛

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自宅の隣に住んでるおばちゃんがとても親切だ。

自宅の隣にすむサリーというそのおばちゃんは、配属先の大学の同僚である。教育学部の先生で、一家の大黒柱だ。夫と娘・息子の4人家族で、とても仲良く暮らしている。

最近、このおばちゃんが、よく飯を食わせてくれる。自分が水虫の悪夢に悩まされ、歩くのもままならない状態を察して、「ちゃんと食べてないんでしょう!野菜もちゃんと食べなきゃだめよ!」とおばちゃんの家に強制連行される。そして、具沢山の野菜炒めや煮物を沢山食べさせてくれるのだ。

今朝も、日曜日(しかもハロウィン!)だというのに、朝の6時半くらいに「ニコ!ニコ!、朝食よ!」と大声で叫びながら、ドアを連打。ここまで気持ちよく”叩き”起こされたことはない(注。ニコは私のあだ名)。せっかく朝食を作ってくれたのに、不機嫌な顔で出て行くわけにもいかず、笑顔で朝食を頂戴しに行く。

自分はサリーの家にホームステイしているわけでもないし、サリーは私のお手伝いさんでもない。それなのに、ただ隣に住んでいるというだけで、これだけお節介をやいてくれる。サリーからしてみれば、フィリピンで身寄りのない日本人が、たった一人で生活していることを、すごく心配してくれているのだ。サリーさん曰く、「お隣同士、家の垣根はあるけど家族の垣根はないのよ」だそうだ。自分の息子と同じ年くらいの私のことを、家族と同様に扱ってくれていることに、ただただ感謝の気持ちでいっぱいになる。

サリーの家の中を見てみても、決して裕福とはいえない。恐らく生活もギリギリなのだろう。それなのに、私に気前よく飯を食わせてくれる。フィリピン人の家族愛は本物だと、つくづく思う。肩書きだけの「家族」ではなく、本当にいつも一緒にいないと落ち着かない・心配だ、という感じなのだ。自分もちょっとだけ、サリー家に入れてもらったみたいで、ホッとした気分になる。フィリピンでの実家が出来たような気分だ。

(写真は卵の塩漬けです。朝食の付け合せや、酒のつまみによく出てくる)

最近なぜか、一ノ瀬泰造と自分を重ねて考えることが多い。

一ノ瀬泰造が、ポル・ポト派にって捕らえられ、そして処刑された年齢が、今の自分と同じ26歳だからなのか、それとも彼が青春時代を費やした東南アジアの地に、今現在自分がいるからなのか。理由ははっきりとはしないが、自分の幻影を泰造に重ねたくなる衝動にかられるのだ。

2年前に、カンボジアにある一ノ瀬泰造の墓を訪れた。シェムリアップのアンコールワットから程近いところに、ひっそりと佇むかれの墓前には、いつも花が絶えない。そこには、長年にわたって墓の手入れをしているカンボジア人がいて、お参りに来る日本人に対して、記帳ノートに一筆残すように促してくる。そのノートを見るだけでも、どれだけ多くの日本の若者が、彼の軌跡を求めてこの地を訪れたかということが分かる。ガイドブックにも載っていないし、山道をバイクでしばらく走らないとたどり着けないこの地に、ごく普通の旅行者はまず近寄らないだろう。この険しい道のりを超えてまで、彼の墓前に行きたいと思わせる何かが、ここにはあるのだ。

今目を閉じても、すぐに思い描くことが出来るアンコールワットと真っ赤な夕日。彼が命をかけてまでも撮りたかったその情景を、頭の小宇宙に展開する。その瞬間、時空を超えて、その地に息づく人々、土に染み入った血、無言で生き続ける木々、つまりはそこに存在する森羅万象を一ノ瀬泰造と共有出来たような錯覚に陥る。

彼ほどに、真剣に自国以外の国に対して誠心誠意向き合った若者が今までいるだろうか。そして、自分は今この瞬間に、どれほどまでにフィリピンと同化出来ているのだろうか?己に対する疑問は絶えず、こんなとき彼なら何を思うだろうか、としばし自分を客観視してみるのだ。

生きた時代は違えど、内に秘めた自分の可能性を両手いっぱいに抱えて日本から飛び出した両者には、通じるものがあるはずである。われわれの活動の原点を、そこに見出すことが出来そうな気がするのだ。まだまだ靄は晴れないが、糸口はつかめた気がする。

一ノ瀬泰造オフィシャルサイト
http://taizo.photographer.jp/

戦争写真家 一ノ瀬泰造
http://www.alao.co.jp/taizohakak.html

クッキング中は、なんらかの音を大音量でかけるのが好きである。

特に最近は、ITConversationsの音源をダウンロードして流していることが多い。梅田望夫さんも、「この分野に興味のある人にとっては、IT Conversationsはとてもいい英語教材であると思う。」とおっしゃってますが、IT関連の先駆者の生の声を聞けるのは確かにいいですね。内容も自分のやってる分野のことだし。CNNやBBCをひたすら聞き流しているよりも、効果的な気がします。

演説(公演?)が主なので、かのMartin Luther King, Jr.とかRichard von Weizsackerの演説とまではいかないが、「生」な感じの音声が自然に耳に入ってくる心地なので、聞いていて飽きないので、お勧めです。

RedhatおよびFedoraのサポート終了後のアップデートについて。

Redhat系のディストリビュージョンで、セキュリティアップデートのサポートが終了したものについては、Fedora Legacy Projectのサイトにて、アップデートが可能。

以下、メモ書き。(Fedora Coreで、yumコマンドを使う場合)

#vi /etc/yum.conf

[base]

baseurl=http://download.fedoralegacy.org/fedora/$releasever/os/$basearch

[updates-released]

baseurl=http://download.fedoralegacy.org/fedora/$releasever/updates/$basearch

日本では、CLARA ONLINE10art-niなどの会社から、有償のアップデートサービスが提供されていますが、Linuxに金はかけたくないというユーザも多いはず。そんな方々にとっては、Fedora Legacy Projectによるアップデートサービスは、とてもありがたいものですね。

告知

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医者に「水虫」と告知された。

生まれてこのかた、水虫などとは縁のない生活を送っていた。しかし、フィリピンの豊富な湿気と汗ばむ気温に恵まれた結果、起こるべくして起こった事態とも言えよう。

最初は足の指間に小さな水泡がいくつか出来ただけで、痛みも痒みもなかったのが、日がたつにつれ範囲が広がり、水泡は膿泡に変化していった。そのうち足の裏全体に広がり、歩行困難に・・・。仕舞には手にもブツブツと。それを見た自分もブツブツと文句を垂れながらも、医療調整員の進めで皮膚科にかかることになった。

内心、「これって水虫?!」と思いながらも、それを認めたくなかったので、コンピュータ隊員らしく、インターネットであらゆる症状を検索し、自己診断の結果「掌せき膿泡症」と勝手に判断。この病名を英訳して、医者に持っていき、「僕はこの病気だと思います」と言うつもりであった。

そしていざ病院へ。診察台に乗せられて、しばし待つこと5分。女の先生が部屋に入ってきて、足を見るや否や、

「あ、これ水虫だね。」

おいおい君、触診とか顕微鏡検査とか、先にやることがあるじゃないか。一目見ただけで「水虫」で片付けるなんて・・・。しかも、出会ってまだ10秒しか経っていないのに、人の足を見て「水虫」と決め付けるとは、失礼にもほどがある。俺も負けてはいられないと、「先生、俺は掌せき膿泡症だと思います。」と言ってみた。すると、

「全然違うよ。絶対に水虫」

言ったな。今「絶対」って言ったな。俺は悔しくなり、「じゃあ、顕微鏡検査してみて下さいよ。」と、なぜか喧嘩ごしに。白癬菌が出たら医者の勝ち、違ったら俺の勝ち。なんだかよく分からんが、勝負の様相を呈してきた。なぜここまで自分が水虫と診断されるのを拒否するのかもわからないが、なぜだか悔しいのだ。

しかし、医者は、「今日のあなたの足はウェッティー過ぎるから、今度来たときに検査するね」とはぐらかされてしまった。「取り合えず水虫の薬出しとくから」と言われたが、誤診だったらどうするのだ!今でも歩くのが精一杯なのに、これ以上酷くなったら責任取ってもらうからな!こいつ、もしかすると勝負を避けてやがるな?と、色々なことを思いながらも、医者と喧嘩をするのは得策ではないとの結論に至り、その日はおとなしく帰宅することに。

それから一週間後の今日、とうとう勝負の日が来た。今日の昼には俺が水虫なのか否か、白黒はっきりする。

そしていざ診察台へのぼり、メスで皮膚を切り取られる。「これから検査しますので」といわれ、待つこと10分。「検査結果が出たので、先生から説明があるそうです」との声がかかった。

先生のところに行き、椅子に腰掛けると、彼女はなぜだか勝ち誇った表情で、

「やっぱり水虫でしたよ。」

完全敗北である。しかし、彼女の勝ち誇った表情と「やっぱり」という言葉が、敵対心むき出しな感じで、私の心をイラつかせた。なんとも大人気ない「告知」の仕方だろう。俺は自分が水虫であるということよりも、この医者の患者を打ちのめす態度に落胆してしまった。確かに勝負を仕掛けたのはこっちだ、それにしても、告知の際にはもっと医者らしい言い方があるだろう。。。

いずれにせよ、私と水虫との共同生活は始まってしまったわけで、この国には冬は来ないから水虫菌の活動が治まることもないわけで、なんとも切ない気持ちになっている今日この頃です。

新潟地震・立ち上がるネットユーザー [ITmedia]

「今アメリカにいます。震源地近くの家族の情報を知りたい」──23日夕に起きた新潟県中越地震で、ネット上の掲示板には家族の安否情報を求める書き込みや、被災地情報などが次々に寄せられた。情報提供は公的機関や大手インフラ系企業にとどまらず、ネットユーザー個人による草の根的な動きも目立っている。

フィリピンに住んでいる私の元にも、新潟で起こった震災のニュースはすぐに入ってきた。今回の地震ばかりでなく、数多くの台風やそれに伴う二次災害で、多くの方々が命を落とされているというニュースを見るたびに心が痛くなる。今日、同僚の隊員と半分本気で「俺等協力隊員って、今この瞬間はフィリピンで活動するより、新潟で人道支援活動をしたほうがいいんじゃないの?」という話になった。

フィリピンでの活動は、長期的な目でみた場合、もちろん重要な活動なのだが、一日や二日程度こちらでの活動を行わなくても「生命に対する差し迫った危機」はない。(これは医療隊員には当てはまらないかもしれないが、少なくとも自分のようなコンピュータ隊員には当てはまる)。しかし、天災による被害などは、一分一秒を争うというレベルで、誰か一人が手を差し伸べていれば・・・という状況は多々あるに違いない。こんなとき、自分の無力さを感じる。

しかし、昨今のコンピュータ技術、そしてインターネット技術の発展が、これまでの地に足の着いた人道支援活動とは違うアプローチでの、災害支援形態を生み出し始めている。上述の記事にもあるように、NTTドコモのiモード災害用掲示板や、情報通信研究機構による、「生存者情報データベース」など、インターネットを用いて、被災者に対するスムーズな安否確認の手段を提供している。これらのチャネルは、直接的に、生命の保護・救済に貢献できるものではないが、被災者とその家族のメンタル面でのサポートには、大いに役立つものだと思われる。

もともとは、ARPANETと呼ばれる、アメリカ国防総省の軍事情報ネットワークの構築のために開発された技術が、今こうして形を変え、人道復興支援のために利用されているようになったとう事実は、インターネットが、諸刃の剣であることを意味している。例えば、掲示板一つとっても、小学生を殺人者にまでならしめる、誹謗中傷の書き込みもあれば、生きる意味を見失った人に対して、再び命を吹き込んでくれる書き込みもある。つまりは、使い方と使う人間の倫理観の問題なのだ。

自分の協力活動においても、ただ技術の向上だけを目的にするのではなく、その利用方法についての啓蒙活動のほうが重要なのでは?と感じる今日この頃である。

うちのバランガイで、珍しく停電が起きた。

発生時間は夜中の23時。この時間からの復旧はまずありえないので、これは朝まで電気が使えないな、とさっさと気持ちを切り替えて蝋燭モードに。

蝋燭の明かりは好きだ。温かくそしてやわらかい炎の色は、心を和ませてくれる。そして、普段は知りえない、家の中の「風の流れ」が分かる。しばし、蝋燭を手に家中を歩き回ってみると、「へぇー、ここにはこんな風が流れているのかー」と、不思議な感動を覚える。今後タバコを吸う際にも、ここで吸えば部屋に煙はこもらないな、などと便利な発見も出来るのだ。そして、蝋燭は虫も駆除してくれる。虫は通常光に向かって突き進む。普通の電球だと、その周りで虫たちが踊り狂っていて、少々ウザイのだが、蝋燭の場合は、炎に向かって突き進んできた虫たちが、焼け焦げて次々に落下していくのだ。言わば蝋燭の二次効果といったところだ。

うちが停電になると、もう一ついいことが起きる。それは、近所のカラオケバーが営業不能状態に陥ることだ。夜な夜な大音量でカラオケをしているので、時々寝付けないことがある。たちが悪いことに、そのカラオケバーは青空営業なので、防音設備もくそもない。近所の住民はみんな怒り狂っているが、かといって行政や警察に訴えるなどの処置はとらないので不思議なのだが。。。とにもかくにも、そんな迷惑カラオケバーも、電気が使えないとなればお手上げだろう。しばしの静寂に、かなりうれしくなってしまう。

しかし、停電の夜をこんなにも悠長に楽しんでいるのは、それがたった一晩で終わることを知っているからなのだろう。もし、この先ずっと電気が使えなかったらどうだろう。恐らく日本人である自分は生活出来ない。電気が便利なものであるということを、一度知ってしまっているが故に、なくなるととても困る。だとすると、最初から電気の無い世界で暮らしている人々は、電気など必要ないのだろうか?事実、電気などなくとも立派に生活をしている民族は沢山存在する。彼等が電気の存在、そして使い方を知ったら、それを求めるだろうか?これまでの生活をガラッと変えてしまう「電気」という道具を、自分たちの生活に取り込もうとするのだろうか?こればっかりは、電気漬けになっている自分の頭ではいくら考えても答えが出ない。しかし、明らかに頭の端っこで引っかかるのは、地球上の限られた資源を一部の人間で食いつぶしているという事実だ。

停電など起きなければ、自分は一生こんな課題について考えることもなかったかもしれない。停電に感謝。

フィリピンでは、日本よりも最新映画が早く配信される。

先週の日曜日に、久しぶりに近くのスーパーの最上階にある映画館に映画を観に行った。観たのは、日本ではまだ公開されていない、「SECRET WINDOW」という映画で、Stephen King原作の最新ミステリーだ。

作品自体はおもしろかった・・・はずだ。というのも、英語力が豊かでないくせにミステリー映画を字幕無しで観て、完全に理解できるはずがない。字幕版で観ても難解な映画なのに。。。帰宅後、ネットで映画のオフィシャルサイトを訪れ、ストーリーを確認しながら、「へぇー、そうだったの?」と一人で事後納得していた。

アニメ映画やアクション映画は、字幕無しで観ても比較的楽しめる。しかし、ミステリー映画はしばらく止めておこう。自分の英語力に納得がいくまでは。。。

それと、フィリピンの映画館で特徴的なのが、映画の上映前に必ず国歌を歌うことである。定時の5分くらい前になると、国歌のテープが流れ、観衆は一斉に立ち上がる。そして、右手を左胸にあてながら、国歌を「ちゃんと」歌う。「ちゃんと」というのは、前のシートに足を投げ出してすんごい格好で座っている人や、映画館を自分の部屋と間違えていると思われるバカップル達もが、国歌の伴奏が流れはじめるや否や、一斉にピシっとするからだ。日本では国歌問題が解決の糸口を見出せないまま難航状態にあるが、少なくともフィリピン人は、自国の国歌に対して誇りを持ってしっかり歌っているという印象を受ける。

メロディーもなかなかいい感じで、自分も「national anthem, stand up.」という号令がかかると、自然に起立して、胸に手をあてて歌うようになってしまった。フィリピン国歌については、こちらのサイトで、歌つきのMP3が視聴できるので、興味のある方はお聴きください。

今日はフィリピンの代表的な珍味をご紹介します。

テレビや雑誌などで目にしたことがある方もおられるかもしれませんが、この写真に写っているのが「バロット」と呼ばれるものです。フィリピン産が有名ですが、タイなどのほかの国にもあるようです。

バロットとは、孵化直前のアヒルの卵を茹でたもので、通りの屋台や新聞屋などで気軽に買うことができます。写真ではグロテスクな部分はあまり写っていませんが、本当に後一歩でヒヨコになりそうな形にまで成長しているので、食べる際にも少々気が引けます。

屋台などではかごに入れられて保温されているので、温かいものを購入できます。味は、よくおでんの味にたとえられますが、人によっては納豆の臭みがあると感じることもあるようです。食べ方は、殻の両端を軽くたたいてみて、軽い音のする方(つまり、空間ができている方)をスプーンなどで軽くたたいて割る。そこで、まずズルズルーっと汁を飲み干すのだ。まず、これが勇気がいる。海のものとも山のものともわからない味なのに、いきなり一気飲みをしなければならない。そして、徐々に殻を割りながら中身を食べていくのだが、鶏の体のあらゆる部品を小さくしたものが一つ一つ異なる食感をかもしだし、自分が今どの部分を食べているのかが、ひじょーに気になる。そして、くちばしや足の部分を食べるときには、軽い歯ごたえがあって、なぜかこれも気色が悪い。とりあえず、個人的な感想はNGだった。

しかし、フィリピンでは滋養強壮に効くとされ、新婚旅行前などに男性がせっせと食べるとのこと。そうでなくても、普段からみんなミリエンダなどでよく食べている。こちらに来てから、味覚が変わってきたと思いはじめてはいるが、バロットだけは好きになれなそうである。

銀行にお金を下ろしに行ったら、システムがダウンしていて下ろせなかった。

この銀行は、フィリピンでも一番大きい都市銀行で、多くの企業が利用している。いわば、フィリピンで一番信用のある銀行といえる。JICAから支給される生活費も、この銀行の口座に振り込まれる。

今日、今月の生活費を下ろそうと思って銀行に行ったはいいが、窓口のお姉さんに「今、システムがダウンしてるんで、何の処理もできません」と言われた。システムのメンテナンスでもやっているのだろうと思い、「何時ごろ復旧予定ですか?」と聞くと、「突然のことなんで、いつ復旧するかわかりません。いつもは大体30分くらいで復旧するんですけどねぇ」といわれた。え、このシステムダウンって、あらかじめ通知されて実施されているものじゃないの?しかも、「いつもは」って、そんなにしょっちゅうかよ!といろいろな疑問が浮かんでしまった。

これがもし日本の銀行で起こったら、新聞沙汰である。「○○銀行のシステムがダウン。○○万人の利用者に影響が」みたいなテロップで、大きく取りざたされることだろう。しかし銀行も銀行だが、フィリピン人もこれに対して一切文句を言わないところがすごい。いつ復旧するともわからないのに、不満一つもらさずにずーーっと待ってるのだ。なんか、銀行で俺一人が騒いでいたみたいで、逆に目立ってしまったようだ。日本の物差しは外国では通用しないというのはよく言われる話だが、これもその一例だろう。

線路を歩いていると色々な人との出会いがある。

人生においては、時として自分一人でわが道を突き進んでいるかのような錯覚に陥ることがある。しかし、実際は星の数ほどの人との出会いと別れが存在し、その一つ一つが自分の線路のポイント切り替えに影響している。

朴訥としたレールを歩むことを忌み嫌った結果、自分勝手に脱線して他人に迷惑をかけることもある。そんな時にも、いつも誰かが線路の修復を手伝ってくれていたはずだ。

「自分で決めたことだから」と、他人の忠告を無視して生きることは自由だが、常に自分がレールから脱線しないかと心配して見守ってくれている人がいることを忘れてはならない。乗客一人で走る電車などないのだから。

最近、学内LANのインターネット接続に向けて、Proxyの構築をしている。

といっても公開用Webサーバがあるわけではないので、Reverse Proxyとしての機能は持たせない。単純なCache用である。それでも端末が100台以上ある為、クライアントの設定を一台一台変えるのはめんどうだ。ということで、透過型Proxyにする予定。

Proxyの設定や運用も、そこまで難しいものではないので、カウンターパートもなんとか理解してくれそうなのだが、問題は技術面ではなく倫理的なところにある。

そもそも、Cache Proxyを導入する目的は、当たり前のことだがHTTPアクセスの高速化である。細い回線を用いて何台ものPCが接続するので、少しでもアクセスが早くなるようにという願いが込められているのだ。しかし、学生や先生の多くが、インターネットで何をするかと言えば、

1位 チャット
2位 FriendSter
3位 ネットゲーム
という、なんとも情けない状況なのである。ここは大学なのに、だ。

そこでSEが真っ先に考えるのが、「フィルタリング」だろう。物理的に、これらのアクセスを禁止すればいいのだ。また、「禁止」までいかなくても、「監視」することで注意を促すという方法も考えられる。自分も早速カウンターパートに相談してみることにした。しかし、彼も御多分に漏れず「チャット」と「FriendSter」と「ネットゲーム」のヘビーユーザだ。すぐにYesと言うわけが無い。しかし、何度も言うように、ここは大学なのだ。私用で使うならネットカフェに行けと思ってしまう。

だが、彼等がこういったネットの使い方に熱中するのも分からなくはない。自分もインターネットを使い始めた当初は、様々な機能と可能性を持ったサービスに目を輝かせていたような気がする。フィリピンでは、自宅にパソコンを持っている人はまだまだ少ない。持っていたとしても、インターネットには繋がらない。ネットをするにはネットカフェに行くのが普通だ。といっても、1時間で30ペソ。こちらでの一般的な食事一食分の値段だ。そーそー行けるものでもない。となったら、タダでネットが使いたい放題の環境が与えられたら、水を得た魚のように、好きなサービスに接続しにいくのは、当然といえば当然かもしれない。

この問題は、世界中のコンピュータ隊員が共通で抱えている。技術教育はたやすいが、倫理教育は、その国の国民性、文化、慣習などあらゆる要素が絡んでくるだけに、一筋縄ではいかない。「これがフィリピンだ」と鵜呑みにするのは簡単だ。異文化を受け入れる姿勢を重要視するなら、これが正解なのだろう。しかし、自分がここに来た意味は何なのかを考えると、この問題を無視することは出来ない。なんらかの対策を考えなければ。

裸族

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家に居るときはいつもトランクス一丁だ。

別に露出狂の気があるわけではない。ただ単に暑いのだ。クーラーはあるにはあるが、近所のおばちゃんたちに、「あの日本人、毎日クーラーつけて贅沢ねぇ」なんて思われたくないので、なるべく使わないようにしている(室外機の音が異様に大きいから、使っていることがバレバレなのだ)。

先日、同じ市に配属されている隊員がうちに遊びに来た。みんなで夕食を作って食べていたのだが、みんな口々に「お前んち暑いな」と言う。確かに自分もその日はとても暑く感じた。

なんでだろー、いつもはそこまで暑くないのになぁ。今日は沢山人がいるから、熱気で暑くなってるのか?などと、色々思案していたのだが、なぜだか原因が分からない。そーこーしているうちに、夕食は出来上がり、みんなでワイワイと頂いた。

そして10時ごろみんなが帰宅してから、ふと自分の体にまとわり付いているものに気付く。「服」だ。あ、俺今日服着てるじゃん!どーりで暑いわけだ。それに気付いた俺は、そそくさとトランクス一丁に。やっぱり人間は、うまれたまんまの姿が落ち着くのさ。

Net calling service Skype: Simple, free, not perfect [usatoday.com]

VoIP, or Voice over Internet Protocol, may be geek speak for calls routed through cyberspace. But for many consumers, VoIP translates into ever-cheaper and sometimes feature-rich telephone alternatives. Consider the Skype service I've been testing. It lets members talk free from one computer to another.

Skypeとは、ルクセンブルグにあるSkype Technologiesという小さな会社が開発したIP電話のソフトだ。これが今,世界中の通信事業者から注目される存在になっている。

Skypeの特徴は、

  1. ソフトが無料で使える
  2. 固定電話に引けをとらない音質
  3. WindowsMessengerのような操作性
  4. P2Pネットワーク技術を流用している為、設備が不要
といったところだろうか。

しかし、記事にもあるとおり、まだまだ課題は多い。例えば、固定電話からの着信が出来ないなどだ。いずれにせよ、VoIPの技術は近年急速に発達してきている。サービスの種類も豊富になってきた今日では、セキュリティ、料金、使い勝手・・・等々、様々な面を比較して、自分に最適なものを選ぶ必要がある。

今日のミリエンダはバナナキューです。

毎日、半強制的にミリエンダを食べないといけないのだが、まぁその中でも自分が結構気に入っているのが、この「バナナキュー(banana cue)」である。

バナナにカラメルを塗っただけのシンプルなものだが、温かくてなかなか美味しい。このバナナキューに使われているバナナは、普通のバナナと違い、短くてやや大きめである。このバナナは「saba」という種類で、一般的にフィリピンバナナと呼ばれている「lakatan」とは違い、主に料理用として利用される。

写真は食べかけのものなので2個しかバナナがついていないが、本当は3個ついていて、値段は7ペソほど。お腹にもしっかり溜まり、3時のミリエンダには丁度よい。バナナ系のおやつには、このほか「トゥロン(Turon)」というものもあるが、それはまた別の機会に。。。

Hotmail to wean users from free export tool [CNET News.com]

As many as 18 million Hotmail subscribers will be weaned Monday from a free service that lets them export e-mail to another mail client, under Microsoft MSN's new spam-fighting plan.

ちょっと古い記事ですが、気になったので。Hotmailをブラウザでみるのは重いし、手順が面倒だという人の多くは、OutlookExpressやOutlookで直接メールを受信する設定をして利用している(私も含む)。つまりは、そのサービスが有料会員に限定されてしまうわけだ。私見だが、ひじょーに困る。

私のところももそうだが、世界中にはまだまだインターネット環境が劣悪な状況にいる人は多いはずだ。回線速度が著しく遅い場合には、必要最低限のデータだけをダウンロードするというネットの使い方が普通であろう。なので、Hotmailを利用する場合も、ローカルのメーラーにHotmailの受信設定をして、メールのデータだけシンクロさせるという方法をとるのが、こういう環境にいるユーザーのスタンダードだろう。ブラウザでHotmailを見るなどの行為は、大量の画像のダウンロードや、お目当てのメールデータにたどり着くまでの手順の多さからして、パケット的に無駄だらけといえるからだ。

もちろんHotmailをメールクライアントで受信するメリットはそれだけではなく、Hotmailのサーバ上にあるメールデータをローカルに保存できるというメリットもある。

Microsoftの見解では、「スパムの撃退」が大義名分らしいが、そこはサービスそのものの有料化という安易な方法で対処するのではなく、技術面でどーにかしてほしかった。

フィリピンは、意外なところで最先端をいってたりする。

例えばこの写真は、MRT(Mass Rail Transit)というマニラを走るモノレールの車両連結部である。これまでの電車や地下鉄だと、車両連結部分は、とても不安定でまともに立っていられなかった。しかし、このタイプの車両連結装置は、車内と同じ乗り心地が実現できるのである。

この間偶然NHKのニュースで見たのだが、東京の山手線でこのタイプの車両連結装置がやっと導入されることになったとのこと。ニュースを見たときには、「へぇ、すごいなー。やっぱ日本って進んでるー」と感じた。しかし、マニラにてMRTに乗って、この車両連結装置がふつーに使われていたのを見たら、「え、フィリピンの方が進んでるじゃん・・・。」と思ってしまった。

また、高速道路においては、ETCの料金ゲートが日本よりも多い。しかも多いだけではなく、それを利用する車も一般車両と同じくらい走っているのだ。日本では、まだまだETCは発展途上だが、フィリピンの高速道路では随分前から普通に使われていたとのこと。外見はボロボロのバスでも、料金所を通過するときは、ETCをスーっと通り抜けていく。日本でETCのゲートをくぐっている車を見ると、「すすんでるー!」と思っていた自分は何だったのかと思ってしまう。

インフラ面でフィリピンが進んでいる理由は、その開発がここ10数年という直近に行われているからだ。日本のように何十年も前からインフラが整備されている国では、逆に変更が難しい。国民が慣れ親しんでいるやり方を変える方が、新規にものごとを導入するよりもエネルギーとコストを要するからである。これと同じ状況はフィリピンのみならず、アジア諸国で見られる。タイの高速道路でも、フィリピン同様ETCの普及率が非常に高い。

安定したものを愛し、変化を好まない日本特有の体質は、科学技術の発展、そして経済の発展を阻害しているといえる。「先進国」と呼ばれるようになった今日の日本は、発展の頂上に上り詰めてしまったがゆえに、その先の進むべき道を見失っているような気がする。いわば「発展停止国」だ。世の中の流れに柔軟に対応できるフットワークを身に付けなければ、日本が発展途上国にどんどん抜き去られていく日も遠くないのではないだろうか。

約1ヶ月に及ぶアリとの戦いにも、ようやく終止符を打てそうである。

今日、日本の実家から書籍などの荷物が届いた。その中に、母親に絶対に忘れずに入れてくれと頼んでおいた「アリの巣コロリ」が入っていた。フィリピンにもそれに似た種類の薬剤はあるのだが、アリが大量にいる場所にあからさまに置いても、無視されるのである。全くの効果無し。そして今日、日本が誇る発明品?である「アリの巣コロリ」投入してみた。

結果は・・・、写真の通りである(暗闇で撮影したので、少々画質が悪いです)。設置後5分でアリの侵入を確認し、30分後にはご覧の通りである。後は、2~3日後にアリの姿を見なくなれば、大成功である。しかしまだ、蚊やヤモリの退治が残っている。戦いの日々は続く。。。