August 2004 Archives
スポーツ大会の後夜祭が行われた。
先週一週間は、大学をあげてのスポーツ大会で、ソフトボール・バレーボール・バスケットボール・ダンスコンペティション・・・などなど、色々な種目に、各学科単位にチームを構成して盛大にやっていた。総合得点で優勝したのは、教育学部みたいで、うちのITチームは2位に終わったようだ。
それよりもすごかったのが、スポーツ大会の後に行われた後夜祭。大学内のキャンパスにイベント業者を呼んで、めちゃデカイスピーカーをいくつも並べ、いたるところにミラーボールを掲げて、ディスコさながらの状況を作り出していた。この後夜祭は、夜の7時から12時まで行われ、みんなダンスを踊りまくっていた。日本でいうハウス系の踊りが多くて、みんなめちゃくちゃうまいのでビックリだ。その辺で踊っている連中が、日本で言えば、「ダンス甲子園」に出場できそうなレベルなのだ。
自分も気付いたら、学生に巻き込まれて高校時代にちょっとかじったHipHopを踊らされていた。。。しかしまぁ、彼等はノンアルコールで、よくもここまでハイテンションになれるなー、と感心した。大学生といっても、年齢は16歳から20歳なので、もちろん禁酒である。やっぱり、フィリピン人はイベントを楽しむ術がすばらしく長けている。おじさんも、そのテンションに置いていかれないようにがんばるぞー。
フィリピンでは、海賊版のCR-ROMが横行している。
予期していたことだが、自分の配属先の学校でさえも堂々と違法ソフトウェアが使用されていたことに、ガッカリしてしまった。IT学科の学部長に対して、「これらのソフトは、”もちろん”ライセンスあるんですよね?」と聞くと、笑いながら「”もちろん”ないよ」という回答が返ってきた。
個人利用で違法ソフトを使っているのはまだ酌量の余地がある(←違法ソフトを認めているわけではなく、次元があまりにもかけ離れている問題なので。。)。しかし、ここは学校である。しかも国立大学。授業では、「ITスペシャリストはいかなる人材であるべきか」とか、「ソフトウェア開発の難しさ」を教えている教師陣が、まったくの罪悪感無しに違法ソフトを利用しているという現実に、大きな矛盾を感じてしまう。
いずれは、なんらかの解決策を見出さないといけないと思うが、今の時点で配属先の同僚たちと正面衝突するのは得策ではない。彼等がこの件についてどう考えているのかをしっかりとヒアリングしてから、ゆっくり考えていかなければと思う。
フィリピンは、台風の量産地として有名である。
日本を直撃している台風達も、正真正銘のフィリピン産だ。フィリピンのはるか東、西太平洋海域では、6月から12月にかけて熱帯低気圧が多発するエリアである。発生した熱帯低気圧は西に進んでいき、フィリピンを通過してインドシナ半島に進むものと、進路を変えてフィリピンを直撃するものとがある。
フィリピン気象庁は、これらの熱帯サイクロンを風速によって、「熱帯低気圧」「熱帯風」「台風」という区別をしている。ビサヤ諸島より北のエリア(私の活動地であるルソン島も含む)は、熱帯サイクロンの通り道に位置するため、年に20本もの熱帯サイクロンが直撃し、大雨と強風をもたらす。熱帯サイクロンが発生した場合は、テレビやラジオでアラートが発令され、時として学校や会社は休みとなる。
台風だけでなく、地震や火山の噴火など、自然災害の多い国だ。常に最新情報に注意し、自分の身は自分で守らねばと思う今日この頃である。
PNVSCA(フィリピンボランティア調整局)の主催するツアーの一環として、スモーキーマウンテンを視察してきた。
パヤタスというスラム地区では、スモ-キーマウンテン(現在はスモーキーバレー)と呼ばれる巨大なゴミ山の周辺に18,000人が居住している。ここに暮らす人々は、ゴミ拾いをすることにより日々の糧を得ているのだ。
ここでは、運び込まれてきたゴミがつもり、21ヘクタール、高さ30メートルもの山になってしまった。そのゴミが自然発火し、常に煙を上げている状況が、スモーキーマウンテンと呼ばれる所以である。
住民の多くはマニラに職を求めて、貧しい島々の農村からやってきたが、職を見つけることが出来ず、このスラムに住みつき生活をしている。住民はマニラからトラックで運ばれてくるゴミの中からガラスビン、アルミ、鉄などの換金可能なゴミを拾い、それをお金に換えて、生活費としているのだ。
このゴミを拾って、生活する人々は、長年”スカベンジャー”(Scavenger「ゴミ拾い人」)という差別的な呼ばれ方をされてきた。しかし近年、”バリカタン”(Balikatan「肩の寄せ合い」)という廃品回収人を支援するNGO団体や廃品業者組合らが、彼等のことを”エコ・エイド”(Eco Aid)と呼び、フィリピン社会における彼等の必要性や役割を認識させる活動を行っている。
フィリピンが抱える環境問題は、廃棄物などの生活公害だけではなく、首都圏の800を超える工場から排出される約100トン/1日の大気汚染物質が水質汚濁に与える影響など、多岐にわたる。そして、これらの環境問題と貧困問題との相関関係も、今後のフィリピンの成長を左右するキーといえよう。
フィリピンの自宅にて、インターネットが出来るようになった。
電話回線を契約しての、プリペイドカード式のダイヤルアップ接続だが、なかなか快適なネットライフをおくれそうである。しかし、回線が遅めなので、先日配布が始まったWindowsXPのSP2をどうやってダウンロードするかが、当面の課題となりそうだ。。。
フィリピン人は食べることが大好きである。
好きが高じて、ミリエンダという文化を作ってしまったほどだ。このミリエンダとは、朝昼晩の3食の間にとる間食のことで、午前のミリエンダと午後のミリエンダがある。つまりフィリピン人は、朝食・午前のミリエンダ・昼食・午後のミリエンダ・夕食と、1日5回食事をするのだ。
彼等は時折ミリエンダのことを、「スナック」という。しかし、その言葉から想像されるような生易しいものではなくて、しっかりとした食事であることが多い。山盛りのパンシット(焼きソバみたいなもの)や、とうもろこし丸々一本、トゥロン(Turon)と呼ばれる揚げバナナなどである。
自分も現在ホームステイ中だが、しっかりとその文化を満喫中である。朝6時半に朝食を食べ、午後10時にはミリエンダ。そして12時なるとランチを食べ、3時になるとまたまたミリエンダ。そして6時には夕食である。全くもって、胃が休まる時間がない。時として、夜にはホストと酒を飲み交わすので、そのときもしっかりとしたつまみが出てくる。つまみといっても、「つまんで」食べるレベルのものではなく、「それで十分一食でしょう・・・」というくらい盛り沢山のものが多い。
現在確実に増量中である。やばい。。。
タガログ語でバクラとは、男性のホモセクシャルを指す。
フィリピンでは、日常生活のいたるところで、このバクラに出くわす。職場で、ご近所で、学校で・・・。自分の周りにもバクラの人が何人かいる。自分の任地の大学のIT学科の生徒にもいるし、他の学部にも沢山いる。そして、自分の居住予定の家のご近所にも沢山バクラの人がいる。彼等はとても明るく、そして何故か日本語が得意だ。そして彼等と一緒にいると、いつも笑顔がたえないので、とても楽しい時間を過ごすことができる。
フィリピン社会においては、バクラの人々は疎外されることなく、周縁にて容認されている。彼等を受け入れる仕組みがしっかり出来ているからこそ、その中間的な人生を選択する人の比率も高くなっているのだろう。
しかし、現実問題フィリピンはキリスト教社会である。その中においては、いくら周縁の容認が得られたとしても、性的移行が社会的逸脱だとみなされてしまうのも、これまた現実である。このように、フィリピン社会は、文化人類的にも複雑な環境を持ち合わせているのである。
フィリピンには美しい花が沢山咲いている。
写真はその一つで、パロンパルンガ(Palongpalunga)という花だそうだ。この花は、ホームステイ先の家の庭先に咲いていたのだが、植えているわけではないらしい。彼等曰く、「だだの雑草」とのこと。こんなにキレイなのに・・・。フィリピン人は、あまり花を「育てる」ということはしないようである。なぜなら、そこら辺に咲いているからだ。日本では高値で売られているような花や観葉植物も、ほんとうに「その辺」に沢山生えている。
フィリピンの「雑草」達の写真を収めていくだけでも、一冊の写真集が出来るのではないかと思われる。これからも、キレイな花を見つけたらバシバシ撮っていこうと思う。
職場の上司と一緒に、表敬訪問に行ってきた。
ちょっと話が飛ぶが、フィリピンの行政単位について触れておこう。フィリピンの行政単位には、州(Province)、市(City)、町(Municipality)、バランガイ(Barangay)の4つがある。(下記参照)
- 州(Province) - 最大の行政単位
- 市(City)
- 市(Component City) - 州の下部機構で、多数のバランガイによって構成される
- 高度都市化市(Highly Urbanized City) - 州からは独立した存在
- 独立市(Independent Component City) - 住民投票によって、普通の「市」となることを拒否したもの
- 町(Municipality) - 州の下部機構で、多数のバランガイによって構成される
- バランガイ(Barangay) - 最小の行政単位
州知事の元には、州民が山のように訪れていて、接見するまでに1時間ほど待った。どうやら月曜日は、知事が誰にでも会って話を聞いてくれる日らしく、お願い事のある人々が沢山くるのだ。日本にはあまりない、フレンドリーなシステムでいい感じだなと思った。(そー言えば、田中(長野県)知事が同じようなことしてたっけ?)次に訪問したのが、PNPという所謂警察の地方署の署長である。色々話した挙句、署長のパソコンが壊れた際には家まで修理に行く約束をさせられ、携帯電話の番号交換までしてしまった。(本当に電話がかかってきたらどうしよう・・・)。最後に訪問したのが、町長だ。赴任先の大学から程近くにある町役場にて接見したのだが、なかなかやる気のない町長で、あくびをしながら話をするもんだから、こっちまで眠くなりそうだった。しかし、上司は一生懸命話を聞いていたので、自分も何とか眠るのを我慢したという具合だ。
とにもかくにも、今回の表敬訪問が終わったことで、これから安心して生活できるようになることを期待したいものだ。(けど、署長のパソコンだけは壊れないで欲しい。。。)
8月3日から8月14日までの約2週間、現地語学訓練の集大成としてホームステイをしている。
最初の3日間だけ、大学内のゲストハウスに泊まっていたが、8月6日からは本格的に大学の先生方の家にてホームステイが始まった。といっても私の場合は、毎日宿泊先が変わる。つまり、「日替わりホームステイ」だ。大学の教授やインストラクターの家を一軒ずつ回っていくので、じっくりとその家族に入り込むことはできないが、色々な種類のフィリピン家庭の様子に触れることが出来るし、大学での知り合いが増えるので、結構メリットも多い。
どこのホスト先でもそうだが、決して裕福なわけではないのに、日本人のボランティアが来るのだからと、精一杯のもてなしをしてくれる。自分が泊まるために一部屋用意してくれたと思ったら、隣のリビングで家族4~5人が川の字になって寝ていたことがあった。また、ご飯の際には、あきらかに人数に対して少なすぎる量の食事なのに、私に対して「もっと食えよー」と言ってくれる。食べ盛りの小さな子供が沢山いるのに、私に優先して食べさせようとするのだ。
これほどの待遇で、私たちJICAボランティアのことを迎えてくれているフィリピンに対して、私はどんなことが出来るのだろうか?自分はみんなに期待されているようなことを十分に出来ないのでは?と思うと、今から申し訳ない気持ちがよぎることもある。しかし、何かを教えようとか、何かを残そうという気持ちで臨めば失敗してしまう気がする。何故なら上からものを見ているからだ。あくまでフィリピンの人と同じ視線で、同じ生活をし、同じものを食べ、同じ言葉で喋り、同じ気持ちを共有することが大切なのだと思う。ボランティアという名を借りたフィリピンと日本の文化の相互理解と思えば、おのずと今後の活動の方向性が見えてくる気がしてきた。
追記
写真は、ホストが庭先のブコ(ヤングココナッツ)を取っているところである。サルのように簡単に登っていくからビックリした。このとき収穫したブコは、その場ですぐにブコジュースにして飲ませてもらったが、新鮮でめっちゃウマかった。
フィリピンを代表する乗り物の一つが、このジプニーである。
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もともと米軍が使っていたジープを、民間輸送用に改造したものである。といっても、現在街中を走っているジプニーは、エンジン以外は全てフィリピン製とのこと。
車内には15人程度が向かい合って座れるようになっているが、人間が立つほどのスペースはない。外見は派手な塗装で飾られ、大音響の音楽と共に街をぶっ飛ばしている。ジプニーの走行ルートは、街中の道という道を網の目のように埋め尽くしているので、大抵のところは行けてしまう。フロントガラスに行き先を示したカードがぶら下げてあり、その目的地に到着すると、今度はそのカードを裏返してこれまでの道を戻っていく。つまり、ジプニーはシャトル走行をしているのだ。最初のうちは、この走行ルートがどうなっているのかが分からずに戸惑ってしまうが、地元の人たちに聞いたりして慣れてくると、意外に便利な乗り物であることに気付く。なぜなら、このジプニーには「停留所」というものがなく、乗りたいところで乗り、降りたいところで降りれるからだ。
具体的な乗り方は、まず目的地の「方向」に走るジプニーを見つけて、手を挙げて停めたら、車両後方から素早く乗り込む。ここでボヤボヤしていると、確実においていかれる。そして、「Bayad po!(勘定お願いしまーす)」とデカイ声で叫んで、お金を運転手に渡す。料金は初乗りが5.5ペソで、10ペソもあれば大抵のところは行けてしまう。お金を払うときに、もし運転席から遠い席に座った場合は、隣の人に手渡しで渡すと、バケツリレー方式で運転手まで渡してくれる。そして、お釣りも同様にして返ってくる。そして、走行中も車窓から外をしっかり見ておき、目的地点で降りそこねないように気をつけよう。目的地についたら「Para!(降りるー!)」とデカイ声で叫ぶか、コインなどの硬いもので車内の天井をカーンカーンとたたけば、止まってくれる。ジプニーが止まるや否や、すぐに降りないと、運転手は容赦なく出発していってしまう。
フィリピンで生活していく場合は、何をするにも、どこに行くにも、まずジプニーである。排気ガスと雨にさらされながら走ることを抜きにしたら、これほど便利な乗り物はない。
注:ジプニーの支払いで、500ペソや1000ペソなどの大きな紙幣を使うことはご法度だ。なぜなら、運転手はコインか20ペソ紙幣しかもっていないから。乗車前には小銭の確認をしておこう。
予想されていたことだが、英語で苦戦している。ヒアリングに関してはかなり聞けるようになったと自負していたのだが、それはネイティブスピーカーの英語限定だったことが判明した。フィリピン英語の聞き取りにくさにはビックリだ。「えっ」と聞きなおしてゆっくり話してもらうと、実は超簡単な事を喋っていたということも少なくない。彼等とコミュニケーションをとるためには、この発音に慣れなければいけないようだ。しかし、自分のスピーキングまでここの発音になってしまうと、フィリピン以外で通用しなくなるので気をつけなければ。。。
とはいうものの、フィリピン人の英語スキルは英語圏ではない他の国に比べたら、格段に高いのではないだろうか。もちろん、自分の居るところは大学であり、高等教育を受けてきた人々だからだということもあるのだが。それでも、そこらへんの小学生でも挨拶や買い物の際は、自然に英語を使っているし、多くのフィリピン人は、高校くらいの年齢になると、映画の英語は普通に聞き取れるようになるらしい。彼等に負けてられないぞぅ。。。
赴任先の大学に挨拶周りに行ってきた。
大学といっても、フィリピンの大学は16歳から20歳までなので、日本のそれと比べると断然若い。学生たちも、日本で言えば高校生と同じ感じで、純粋で明かるい生徒が多かった。
とりあえず、みんなすごくお節介焼きで、どこに行くにも一緒についてきて、あーだこーだと教えてくれる。ひと時も一人になる時間がなかったが、それでも、これだけの人たちに囲まれて過ごせることは、とても幸せなことと思わなければならない。自分の場合は、同じく協力隊の前任者が2年間活動しており、その方の人望が厚かったこともあり、日本人に対してとても良い印象を持っているようである。彼の2年間の活動も、今の私の待遇に影響しているのだろう。
今生徒たちが夢中になっているのは、ダンスの練習である。生徒たちの話によると、8月17日に学科対抗のダンスコンペティションが開催されるらしい。その練習の為に、早朝から夕方までひたすら踊りまくっている。授業はどうなっているのかと思ったが、彼等の熱気に水を差しそうなので、やめておいた。。。しかし、ダンスの方はみんなウマいのなんの!特に腰の使い方がうまく、全体としてはまだまだ完成しているとは言えないものの、個々人のポテンシャルはすごいものを感じた。
8月17日の大会を是非みたいと思ったが、自分はその時ちょうどマニラに戻らなければならないので、参加出来ない。とても残念だが、来年があるさ!
フィリピン隊員は全員、JICAより携帯電話を貸与される。
携帯電話が普及している国においては、協力隊員に対して必ず携帯電話が貸与され、携帯電話が使えない国では、無線が貸与されるようになっている。これは、情勢の悪化などによる、緊急連絡を迅速に行うための手段としての目的が主であり、協力活動に使用するものではない。といっても、自分で料金を支払って使用する分には文句は言われないので、みんな家族への連絡や隊員同士の情報交換などに有効活用しているようだ。
フィリピンの携帯電話は、日本・韓国などの一部の地域を除く多くの国で採用されている、GSM(Global System for Mobile communications)と呼ばれる携帯電話ネットワークを使用している。GSMの携帯電話は、「SIMカード」というICチップを取り付けて使用する。電話番号などの情報は、このSIMカードに登録されているので、基本的に携帯電話の本体を変えても、このSIMカードさえ同じものを使えば番号は変わらずにすむし、課金情報なども引き継ぐことが出来る。
また、日本で一昔前に流行ったSMS(ショートメッセージサービス)は、ほとんどのGSM携帯電話機において使用できる。SMSとは、最高160文字までの長さの文字や数字を、メッセージとして送受信のできるサービスで、同じGSMのネットワークにつながれていれば、国境は関係ない。
通話料金は、プリペイド式のカードを購入して携帯電話にロードすることで、買ったプリペイドカードの料金分だけ使用できるという仕組み。日本などのように、クレジットカードからの自動引き落としや、後日の振込用紙による清算とは違って、使いすぎてしまうことがないという点においては、よいシステムだと思う。しかし、やはり通話中もカードの残高を気にしながら喋らなければならないので、ちょっと落ち着かないという欠点もある。
いずれにせよ、発展途上国と呼ばれる国でも、携帯電話の普及率は凄まじい勢いで伸びている。しかし、フィリピン国民の実際の生活水準と、携帯電話という最先端の仕組みが融合した社会の様子は、妙な不自然さを生み出す。雷が鳴れば停電が起こり、大雨が降れば街は水没する。人間生活に最低限必要な社会インフラも満足に整備されていないこの国に、経済大国から欲望と共に運ばれた情報インフラだけが一人歩きしている。自分がコンピュータ技術の隊員としてこの国に来た理由を今一度再考する必要がありそうだ。
ちょっと汚い話題ですみません。。。
写真は、マニラのあちこちで見かける「Male Urinal(立ち小便スタンド)」です。なんでも、フィリピンでは最近、歩道で堂々と立ち小便をする男性が急増していて、にわかに社会問題と化しているとのこと。その対応策として編み出されたのが、この「Male Urinal」!
といっても、鉄板をくるっと一巻きして立てただけの簡単な作りで、重要な汚物はダイレクトに歩道に流れていっています・・・。確かに立ち小便の姿を直接視することは防げますが、根本的解決になっていないような・・・。
しかも、なんでピンク??なぞは深まるばかりです。
追記
使用者は比較的多いようです。いつも誰かが使っているところを見かけるので。。。
