パンドラの箱

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青少年犯罪はパンドラの箱のようなものだ。

シンナーや万引きは、やってはいけないことだと分かっていても、ついついやってしまう。むしろ、やってはいけないと規制されているからこそ、それを破るスリル感に陶酔してしまうのだ。

犯罪を犯すか否かの基準となるのは、個人の「倫理観」である。現代社会では、その倫理観が著しく低下しているという点に問題がある。倫理観低下の主たる原因は、未成年を取り巻く社会や組織の「無関心」だと指摘する向きは多い。つまり、パンドラの箱を開けやすい環境を大人が構成しているのだ。

パンドラの箱に「希望」が残されていたように、青少年犯罪にも「少年院」という更正の道が用意されている。残念ながらこのことを盾にとって犯罪を犯す若者もいるというのが、日本の現実である。

青少年犯罪が起こった時に、教育機関やその家庭環境を批判する前に、自分の周りの子供たちがパンドラの箱を開けようとしていないかという点を今一度見直すべきである。周りの大人が少しばかり意識して周囲の子供たちに干渉するだけで、開けられるパンドラの箱の数は激減すると思うのだが。

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